| ここでは歩行瞑想の意義について説明しています。尚文末の註もぜひお読みください。 また、具体的にすぐ実践されたい方は歩行瞑想マニュアルをご覧ください。 ヴィパッサナー瞑想は、まず体の動きに気づくことから始めます。心の現象よりも 体の動きの方が簡単に気づけるからです。 目的は、妄想を離れることです。妄想は止めようと思っても止められません。何を 見ても聞いても必ず連想や妄想が浮かんでしまうので、一瞬々々の体の動作に注意を 釘づけにしてしまうのです。 体が動く。センセーション(身体的実感)が生じる。それを感じる。気づきを入れ る。この「気づき」を修行用語として「サティ:Sati」と言います。現在の瞬間を捉 える心です。ヴィパッサナー瞑想のキーワードなので、覚えましょう。 このSati(気づき)を徹底的に連続させていくのが、妄想に巻き込まれない技術な のです。体が動いている実感は過去や未来のことではなく、今のことです。一瞬々々 感じた体感に気づいていけば、妄想しないですむのです。体の動作を中心に随観して いくので『身随観』とも言います。 『身随観』の最初は、歩行瞑想(ウォーキング・メディテーション)から始めま しょう。座る瞑想(座禅)よりも動きがダイナミックなので感覚が取りやすいからで す。大ざっぱな動きから始め、だんだん細かな動きを感じるようにします。 まず普通に道を歩く速度で脚全体の動きを感じながら、「右」「左」「右」「左」 と言葉を付けて確認しましょう。 今経験している出来事を一瞬々々気づいて確認するのがヴィパッサナー瞑想です。 気づきがあればSatiがあるのですが、気づきを内語で言語化して認識確定をする仕事 を≪ラベリング≫と言います。ラベルをペタペタ貼っていく要領で、現在の瞬間の出来 事を≪言葉確認≫していくのです。 右足の動きを感じたならば「右」とラベリングします。今この瞬間に自分に起きた 出来事は、歩行していること、右足が動いたこと、その感覚を感じたこと、でした。 それが現在の瞬間に知覚し、経験した事柄だったのです。 これは妄想ではなく、現実の出来事でした。だから「右」、とラベルを貼るよう に、言葉を貼って確認するのです。もちろん黙って心のなかの内語でやります。 …「左」「右」「左」「右」…と、足の動きを感じるたびごとにラベルを貼ってい けば、これでヴィパッサナー瞑想が始まっています。 ポイントは、掛け声にならないこと。 感覚をしっかり感じて、その直後にラベリングしながら確認します。心の90%は感 じることに使います。これが、現在の瞬間を捉え続けて妄想を離れる、ヴィパッサ ナー瞑想の技術なのです。 一定の時間歩いたら次に、歩行速度をゆっくりにします。足の上がる動きと下ろす動 きをそれぞれに感じ分けて、「(右足が)離れた」「着いた」あるいは「上がった」 「下りた」とラベリングします。 言葉は、自分が感じた通りに選んで貼ればよいのです。「このように感じなさい。 これが正しい経験の仕方です」という公式のようなものはありません。感じ方、経験 の仕方は各人各様、千差万別です。 しかし最初は現在形よりも完了形のラベリングの方がよいでしょう。 「離れる」「着く」あるいは「上がる」「下ろす」…など、現在形では動作の最中 に言葉を付けてしまいがちだからです。感覚を実感する仕事がいい加減な、曖昧なもの になってしまうのです。 言葉を言いながらでは、よく感じることができません。それどころかいつの間にか、 言葉だけが一人歩きを始めます。ラベリングさえしていれば、それでヴィパッサナー がやれていると錯覚する人が多いので気をつけましょう。 感じないで、言葉を言うだけなら、マントラを唱えるのと同じことになってしまい ます。 集中が高まるにつれて微細な感覚に気づくことができるようになります。次は感覚を 3段階ぐらいに分けて感じます。「離れた」「進んだ」「着いた」あるいは「上がった」 「動いた」「下りた」など。あわてないで、一つ一つの動作の始まりから終りまでよく 感じてください。 集中がよければ、間断なくセンセーション(感覚)を感じてSati(気づき)を連続さ せることができます。しかし実際にやってみると難かしいことが分かります。絶えず なにかの音が耳についてくるし、音に心が飛ばなければ、思考やイメージが次々と心 に去来してきます。 そのときは、すかさずその現象にサティを入れます。音が聞こえたら「音」もしく は「聞いた」。思考やイメージが浮んだら「考えた」「雑念」「妄想」「イメージ」 などとラベリングします。 一瞬一瞬サティを入れつづける中心対象は足の歩行感覚です。中心外の音や思考に Sati(気づき)を入れた直後には、必ずいったん中心にもどします。 「(足が床から)離れた」「進んだ」「着いた」→ワンワン→「聞いた」→「(足 が)離れた」「進んだ」→犬のイメージ→「雑念」→「着いた」… いったん中心にもどすのは、集中力を養う意味もあります。外れても外れても、一 点に心を振り向けていく訓練です。繰り返し中心に注意を絞ることで心の散乱状態が 鎮まっていきます。散乱が鎮まれば、落ちついて一つ一つの対象がよく見えるように なります。たんなる「気づき」から「観察」の瞑想に成長していきます。 驚くべきことに、歩くことが、究極の瞑想を実践する現場なのです。ゆっくりと落 ちついて足の感覚を感じます。一瞬々々のセンセーションをできるだけ鮮明に感じ て、感じたこと、気づいたこと、直観したことを、ラベリングによって言葉確認して いくのです。 音や思考に心が飛ぶのを嫌わないでください。なんにでも刺戟の強いものに飛びつ いていくのが心なのです。モンキー・マインドならモンキー・マインドだと、気づけ ばよいのです。あるがままに起きた事実を事実と気づくたびにSatiが成長していきま す。 足が動くと、感覚が生じ、生じた瞬間には変化し、滅し去っていく…。 物事は変化し消えていってしまいます。 身体現象というものが無常の本質を持っていることを観察する仕事に没頭している と、妄想で灰かぐらになっていた頭がシーンと静かになって澄みわたってきます。 歩行瞑想(walking meditation)は、駅に向かって歩くときや、会社のトイレの 往復などさまざまな場面で実践できます。いつでも体感を感じて、現在の瞬間に心を つなぎとめておくことが大切です。 『今、私は何をしていますか?この心と体はどうなっていますか?』 どんなときにも常にマインドフルに自覚的でいるならば、悪い心や煩悩にヤラれてし まうことはありません。苦の原因を作らないですむのです。感覚に気づくことから始 めて、身と心に生起する事柄を観察してください。 毎日、たった10分間でも構いませんので、静かに歩いて足の感覚を感じてくださ い。純粋に歩くことだけのための特別の10分間をサティの修行のために捧げてほし いのです。だんだん時間が延びて、≪サティ≫が楽しくなってきます。 落ちついて物事を正確に見ることができれば、正しい対応行動を取ることができ、ス トレスや苦のない人生が展開されてくるのに感動を覚えるでしょう。 *註:ヴィパッサナー瞑想の原理はとてもシンプルなのです。現在の瞬間に気づいていく こと、たったこれだけなのですが、具体的な修行法になると、世界中にいろいろなス タイルがあります。最もポピュラーなミャンマーのマハーシ・システムやS.N.ゴエンカ氏 の方法を始め、タイにもスリランカにも独自のスタイルのヴィパッサナー瞑想がたくさん あります。 当然のことですが、どの方法も一長一短で、全ての人に完璧という訳にはいきません。 また個人の性格や資質によって向き不向きも出てきます。さらには例えば、同じマハー シ・システムの中でも教える先生によって強調するポイントが微妙に異なるので、テクニ ックの詳細はさまざまなのです。 ここでは各国のヴィパッサナー瞑想センターで長年にわたる実践・研究した結果に基 づき一つのサンプルを示しました。大勢の日本人瞑想者の修行レポートを参考に、日本 テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老に監修していただき初心者がやりやすいマハ ーシ・システムになっています。 さらに詳しく知りたい方は、『大念住経』や『清浄道論』などテーラワーダ仏教の聖典 をご参照ください。 さらに具体的にすぐ実践されたい方は歩行瞑想マニュアルへ ☆歩く瞑想のやり方、座る瞑想のやり方の詳細は、当研究所所長の著書、ブッダの瞑想法(春秋社)に載せています。 |
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